突然の事業継承がやってきた!

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突然の事業承継がやってきた

  • 代表取締役がなくなったときに考えなければならないこと
  • 月1回の役員会議で社内改善に取り組んでいます
  • 従業員やその家族を守るために~次期社長が考えること
  • ゆたか税理士法人は「税理士」というだけでなく弁護士であり、ケアマネージャーであり・・・そんな存在です
  • 京阪高速出版印刷株式会社様のご紹介

病床でまず私に言った言葉が「大浅田先生を呼んでくれ」だったんです

京阪高速出版印刷株式会社(昭和23年創業、従業員約20名)は、代表取締役の美藤恵津子社長と、そのご子息である取締役の美藤俊介氏、その他役員が親族で構成される同族会社である。


≪京阪高速出版印刷株式会社 外観≫

紙への印刷が主たる業務内容で、コミュニケーションツールとしては電子化が進み、決して元気な業界だとは言えない。そんななか、 大手との積極的な取組みや、価格だけでない付加価値を売りとして「京阪さんだから・・」という信頼から堅調な実績をだしている。

中小企業は、良くも悪くも社長がその実績をつくる。 京阪高速出版印刷もその類にもれず、堅調な実績は、前社長がすべて担っていたといっても過言ではない。そんななか突然に前社長が急に帰らぬ人となり、遺された家族や会社、従業員はどうなるのか・・・。

<大浅田豊>
以下、 大浅田
前社長がお亡くなりになって、もうすぐ2年になりますね。
余命が長くないかもしれないと連絡をいただいたときには、えっ、先日お会いしたばかりで、あんなにお元気だったのに。と本当にびっくりしました。
うちの事務所でも、お二人が本当に仲良くおしどり夫婦であることは有名です。心痛を思うと…
<美藤恵津子社長>
以下、 社長
本当に心が張り裂けるほど辛かったです。
 大浅田>
急に入院されることになるということで相談をしたいと連絡をいただいたんでしたね。
 社長>
そうですね。
病床で前社長がまず私に言った言葉が、「豊先生(*大浅田の呼び名)を呼んでくれ」だったんです。
近しい親戚にもまだそのことを伏せている状態でしたが、まず先に「先生を」と。先生も休日だったのにすぐに駆けつけてくれましたね。
 大浅田>
連絡をいただいたときに、何かの勘というか・・・。とにかく行かなければと思いました。
 社長>
入院が長期になりそうだったので、会社がどうなるのか考えないといけませんでした。
会社は、前社長で成り立っていましたから。
お得意様管理、営業、お金まわり、社内人事、印刷現場、材料仕入、外注発注・・・
言いあげればきりがないほど、会社のすべてのデータが前社長の頭の中にあり、各部署の各部下に的確に指示していました。
前社長の代わりはだれにもできない。と誰もが思っていました。

体調を崩してから、社長に代表はお前になってほしいと何度か言われていたのですが、そのときは冗談かと受け流していました。
私の役目は、とにかく病院にいる主人からの指示を従業員へ伝えることだと思っていましたので。

代表取締役がなくなったときに考えなければならないこと

 社長>
余命宣告をされてから本当に時間がなく、本人は元気になるつもりでしたから、社長業がどんなことをしているのかも聞くことができませんでした。
私はずっと裏方で、営業のことも印刷のことも何もわからなかったし・・・。
そして俊介(現取締役)もそのころはまだ会社を継ぐのかどうかもわからなかった。
だから、亡くなったときには、悲しみが膨らむと同時にすごい不安が押し寄せてきました。
何から手をつけたらいいのかもわからないんです。もっと言えば、だれが新社長に就任したらいいのかも・・。
だって、相談相手が亡くなったんですよ。
 大浅田>
本当にそうです。お亡くなりになられた日にご自宅に伺ったときもお悔やみを申し上げるとすぐに、前社長の傍で会社の話をしなければなりませんでした。
おっしゃるとおり、片付けなければならないことが山積していました。
でもあの短期間で、社長は本当に気丈にたくさんのことを進められましたね。
 社長>
まずは、お客様のことを考えました。
私は今まで裏方だったこともあり、営業のことや印刷のことはわからなかったのですが、ただ、ひとつ思うのは、主人が何をしたかったかというのは、毎日会話をしていたのでわかっていたのかもしれません。
今まで通りのお客様から信頼いただける仕事をするためにはどうしたらいいのか。 息子が早朝から遅くまで駆けずり回るように、本当に良く頑張って、前社長がなくなった後も京阪高速出版印刷は健在だと言うことを知っていただく努力をしました。
次には、私が社長になったからには安全に経営をしたい。
そのためはどうしたらいいかと先生に相談しましたよね。
先生が、取り急ぎはお金まわりだとおっしゃったので、早々に先生に同行願って金融機関に挨拶に行きました。
あのときは、今まで経験したことのないことだったし、銀行の偉い方の部屋に通されて、本当に緊張しましたよ(笑)今は、ああいうことが大切なんだとわかるようになりました。
 大浅田>
そうでしたね。あのときは、時間をおくことなく、現状と今後の事業計画をつくって金融機関をまわりましたね。初めてのご経験だし緊張されていたことは伝わってましたよ(笑)

代表取締役が亡くなったときに考えなければならない一例

月1回の役員会議で社内改善に取り組んでいます

 大浅田>
社長に就任されてお客様や取引先に挨拶に行かれ、資金対策も万全にされてからは社内改善にも取り組まれましたよね。
 社長>
そうなんです。先ほども申し上げましたように、前社長はすべてのデータが頭の中にあり、それぞれに的確に指示をだしていました。
でも、昨日今日社長になったばかりの私が真似をできるわけではありませんから。
知らないことを逆手にとりました。月1回の役員会議には大浅田先生に出席していただき、いろいろなことを決定していきました。
役員会議に先生がいるということで、役員や従業員のみんなが協力してくれます。
その協力体制を万全にしたんです。
 大浅田>
そうですね。
定期的な役員会議や営業会議の実施、スケジュール管理、電話応対や来客応対などマナーの向上までされていますよね。
日報を書かれるようになったのもこの頃じゃないですか。いずれも社長が新たに進められたことばかりです。
 社長>
月1回の役員会議での決定事項を実行しているだけです。
 大浅田>
いやいや、その実行をされることがなかなかできることではないんですよ(笑)
 社長>
役員会議も、最初のころは黒板を使って学校のように試算表のしくみを教えていただいたり・・・。
私も、他の役員たちも数字の大切さを教えてもらったと思います。そして、皆の意識が変わってきたと実感しています。

従業員やその家族を守るために~次期社長が考えること

 大浅田>
それにしても、急にお父様が亡くなられたなかで、本当に良く頑張っておられますよね。
多くの会社が代表取締役がなくなったことをきっかけに事業を縮小することになったり、最悪のケースはやめることになることがよくあります。
堅調であることはもちろん、今や営業会議では予実管理までされていますし、それを受けて具体的な対策まで検討されています。
議事録を毎回拝見していますが、回数を重ねるたびに、内容の濃さやボリュームも増しているように感じますよ。
<美藤俊介取締役>
以下、 取締役
ありがとうございます。
我ながらよく頑張っていると思います(笑)前社長に指導してもらったことが今になってよくわかるようになりました。すごい人だったんだなってことも。
本当に厳しかったんですよ(笑)売掛の回収ができなかったら、自分の給料で補填しろ!と言われたくらいです。そのとき、私は一従業員なのにですよ。
でもその厳しさが本当に役に立っています。今は、迷いがあるときは、前社長ならどうするかな?というのが私の指標です。
 大浅田>
そうですね。前社長は、すごい人でした。
とにかく真面目で、自分に厳しく、他人を甘やかすこともなかったですが、忘れられないエピソードとして、"今期はみんなに決算賞与をサプライズで渡すんだ。
幾らくらいまでならいいかな。この瞬間が社長として最高のときだよね、先生もわかるでしょ。"と、目をキラキラさせておっしゃっていたときは少年のようでしてね。
 取締役>
はい。その通りです。私も、従業員や従業員の家族を守るために利益を出せる会社、従業員に還元できるようにしたいと常に思っています。
私と同じような年代の同業者の集まりにも積極的に参加しています。そういった横のつながりも意識しながら、いいところを取り入れていきたいと考えています。

税理士というだけではなく弁護士であり、ケアマネージャーであり、そんな存在です

 大浅田>
2年の月日が経って、新生・京阪高速出版印刷が本格的にスタートされたように拝見していますが、今後はどのような企業を目指されますか。
 取締役>
先代が築いてきた基盤をこれからも大切にします。加えて、新しいことにも常にチャレンジしていきたいです。すでに始めていて育てていること、市場性を確認しながら種をまいていることがあるんですよ。
 大浅田>
頼もしいですね!
 社長>
私は、息子(取締役)が引き継ぎやすいように経営の土台を固める。今はそれを一番に考えています。そして常によい受け皿でいたいと思っています。
大浅田先生とはもう40年以上のお付き合いになりますが、私にとって大浅田先生やゆたか税理士法人さんは、「税理士」というだけでなく、弁護士であり、 ケアマネージャーであり・・・そんな存在だと思っています。
この2年間もいろいろありましたが、これからも経営をしていくということは、いろいろあると思うんです。 そのときもよろしくお願いいたします。
 大浅田>
もちろんです!!これまで同様、経営のパートナーだという気持ちは変わりませんよ。今回の一大事も乗り越えられたじゃないですか。 これからもどんなことがあっても大丈夫ですよ!諦めなければ乗り越えられない壁はないです!

昭和23年9月1日
昭和36年9月20日
大阪市北区中津2丁目3番21号
10,000,000円
代表取締役 美藤 恵津子
パンフレット・チラシ・カタログ
各種帳票自費出版・マニュアル等
商業印刷物全般
http://www.keihan-p.com/company/

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